【ネタバレ感想】映画「ジョーカー」バットマンシリーズ最高の悪役の-Episodeゼロ-

【ネタバレ感想】映画「ジョーカー」バットマンシリーズ最高の悪役の-Episodeゼロ-

映画史上、もっとも有名なヴィラン(悪役)と言われる、「ジョーカー」。

映画「ダークナイト」では、ヒースレジャー演じるジョーカーが、主役であるバットマンを完全に食ってしまうほど、悪のカリスマとして強烈な印象を残しました。ジョーカーがいかにして生まれてしまったのか、映画「ジョーカー」を観ました!

映画「ジョーカー」を見る前に見ておきたい「ダークナイト」

バットマンシリーズを観ていなくても、とりあえず映画「ダークナイト」は観ておきたいところ。
観ていなくても、映画「ジョーカー」は理解できますが、より観ておくと感じるところが違うでしょう。

28歳という若さでこの世を去ったヒース・レジャーが演じるジョーカーは、完全に主役であるはずのバットマンを食ってしまいました。(バットマン役で最初はオファーをもらっていたらしい)
役作りのために、1ヵ月ひきこもって撮影に臨んだだけあって、狂気に満ちたジョーカーが完全に主役です。

単独犯でありながら、人の心を操り、騙し、なぜか彼の犯罪に協力する人が常に存在します。そして、彼の犯罪はお金目的でも、誘拐目的でも、なんでもない。

だけど、狂っているように見えて、人間の矛盾や不条理に満ちた”痛いところ”を誰よりも正確についてくる。その結果、主役のバットマンよりも、ジョーカーの言うことに共感ができてしまう自分がいます。
この点は、映画「ジョーカー」にも通じてくる大事なポイントです。

日本では興行収入16億ほどのヒットでしたが、絶対に見るべき傑作です。今までのバットマンシリーズを観ていなくても問題なし!

映画「ジョーカー」狂気と美しさで満ちた、完璧な予告編

正直、映画「ジョーカー」の予告編を見るまで、「ダークナイト」も観ていませんでした。
なぜ、ジョーカーを観たくなったかというと、あまりにも、ジョーカーの予告編が素晴らしすぎたんですね。

3分にも満たない映像の中で、ジリジリと不安が増していく感じで、恐ろしく絵が綺麗。
エンタメ寄りの「っっばぁ!!」みたいな恐怖ではなく、ジリジリと攻め寄られる上品な恐怖感。

主演のホアキン・フェニックスの怪演が予告編だけで十分に伝わったので「これは観なくては!!」と、夏の終わりに思いました。

【ネタバレ感想】映画「ジョーカー」

映画館には水曜日のレイトショーで観に行きました。R-15の映画ですが、ほぼ満杯でした。

映画「ジョーカー」のストーリー ※以下、ネタバレあり

主人公アーサー(ホアキン・フェニックス)は、大道芸人のピエロの仕事をしており、病気の母を看護しながら、ボロアパートで底辺の生活を送っています。
物語の舞台である、ゴッサムシティはもうめちゃくちゃ。街は汚く治安も悪そうで、富裕層と貧困層の格差は広がるばかり。

それでもアーサーは、「どんなときも笑顔で人を楽しませる」という母の言葉を胸に、コメディアンになるという夢を抱いています。ギリギリの生活の中でも、ロバート・デニーロが演じるテレビ司会者、マレー・フランクリンのテレビを、病気の母と笑顔で鑑賞しているのです。
また、同じアパートに住む、子供連れのソフィーという女性に出会い、翌日会社までストーキング。結局ストーキングはバレていたけど、なんだか恋も生まれそうな予感。希望がゼロというわけはないのです。

ただ、アーサー、冒頭からなんだか様子がおかしい。明らかに精神的な病で、市のカウンセラーを受けています。バスでは、一度笑って、笑いが止まらなくなってしまうという状態に……。
この症状について母親からは、「脳の病気」だと言われています。

大道芸人たちの事務所で、上半身裸のアーサーが靴を力一杯にいじるシーンがあるのですが、力を入れた時の背中が、背骨が突き出しそうなほど、ガリガリでとにかく怖い……

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ジョーカーになってしまった起点

いきなり、化け物ジョーカーが生まれたわけではありません。ティッシュを一枚一枚重ねていくように、ジワジワとジョーカーになるまでの物語が展開していきます。

ピエロの仕事中、子供たちに突如襲われる

大道芸人の同僚から、護身用として銃をもらう

児童病院でパフォーマンス中、銃を落とす
銃をくれた同僚から裏切られ、会社クビ

失意のまま帰りの電車で、富裕層のサラリーマン3人に襲われる
そして、3人を銃で殺害

逃げた先のトイレで、なぜか優雅に舞う

この時点では、まだ完全に「ジョーカー」になっていません。
衝動的に犯してしまった殺人で、犯罪を犯してしまったことへの罪悪感も抱いている状態。

そして、地下鉄殺人をピエロの姿のまま犯したため、「富裕層へのアンチテーゼの象徴」として、ピエロのお面が使われてしまうことになります。

最後の頼みの綱となっていた市のカウンセリングも、市の経費削減のためなくなってしまい、飲んでいた精神病に関する薬ももらえなくなってしまいます。
そのためか、後半は現実と妄想が入り混じったストーリーとなっていくのです。
銃さえ持っていなければ、ジョーカーにならずに済んだかもしれません。

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ジョーカーになってしまった瞬間

病気がちな母親は、次の市長選挙を狙う資産家、トーマス・ウェインへいつも手紙を送っていました。いつも、アーサーはその中身を読まずに投函だけしていましたが、その中身をついに読んでしまいます。

その中身には、「トーマス・ウェインが自分で父親である」という事実が書かれていました。そこで、トーマス・ウェインの豪邸を訪れると、庭に小さい男の子がおり、彼はトーマスの息子でした。……実はこの息子こそ、のちのバットマンなのです、、、(後から知ったし、最後両親を目の前で殺されます)

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家に帰ると、母親が脳卒中で倒れ、救急車で病院に運ばれてしまいます。そこに警察がやってきて、地下鉄殺人について聞かれることに。すでにアーサーが疑われている様子ですが、なんとかその場を切り抜けます。

母の病室で憧れのマレー・フランクリンのテレビを見ていると、なんとアーサー自身がコメディアンショーをしている時の映像が流れ、「ジョーカー」として紹介されます。
喜びに沸くアーサーでしたが、司会のマレーは、アーサーのショーを、けちょんけちょんにけなして、馬鹿にしてしまうのです。

最高の歓喜から、奈落の底にドーーーン。
憧れの人から“最大の屈辱”を与えられ、希望の光が閉ざされていきます
(あーもう嫌な予感しかしない)

そのあと、母親が実は血の繋がった母親ではなく、アーサー自身が養子であることを知ります。
それだけならまだしも、母親は妄想性障害があり、彼女の恋人から自分が虐待を受けていたという事実が明らかに……。
アーサーの笑いが止まらないという症状も、母親から聞かされていた脳の病気ではなく、虐待が原因だったのです。

これを知ってしまったことが、ジョーカー誕生の「決定的な要因」となってしまいました。

母親を病室の枕で窒息死させ、もう後戻りのできない殺人者が誕生。
もう1つの希望として、恋仲になっていたはずの隣人女性のソフィーも、実はアーサーの妄想であることがわかり、もう完全に希望が閉ざされてしまうのです。

そして憧れだった、マーレーフランクリンのテレビ番組に出演が決まったアーサー。
自分の家でピエロの化粧を施していきます。……白いよ。怖いよ。
そこへ運悪く、大道芸人の同僚2人が訪れてきます。一人は小人症でアーサーに優しかった人、そしてもう一人は銃を渡してきた裏切り者の同僚です。
そして、アーサーは裏切り者の同僚をハサミで惨殺。もう一人は優しくしてくれたので、部屋から逃します。

その後、番組にピエロのメイクで「ジョーカー」として出演。
憧れのマレーと初めて対面。新しいネタをやれと言われ、「地下鉄で3人を殺した」といいます。
最初はジョークだと思っていた周囲も、ジョーカーの異常さに、だんだん本当であると気づき始め、マレーはアーサーを叱責します。

そして、「僕には守るものも、失うものも何もない」「僕を笑い者をするために呼んだんだ」と、憧れのマレーの頭を銃で撃ち抜くのです。

映画「マイ・インターン」の可愛いおじいちゃん役が好きだったので、「ロバート・デニーロがぁああ〜〜〜〜!」と心で叫んでいました。

「ジョーカー」を見るか悩んでいる方へ

この映画、観に行っても大丈夫かしら?と不安になる方が多いと思います。私もそうでした。
ジョーカーになるという最終地点は、映画を観る前からわかって見るわけですが、だいぶ見るのにエネルギーを使う映画でした。

逆にいうと、映画館でないとなかなか観づらい映画だと思います。お金を払って、集中して2時間逃れられない状況で見る。それぐらいパワーを要します。

観た後の感想ですが、精神的に落ち込んでいる時には、見ることはオススメできません。私は、映画を見る前に、お腹を満たして、精神的に元気な状態で観ました。それでも、映画が終わった時には、生きることを思いっきり肯定した「アンパンマンのアニメを観たい……」と呟くほど、ダメージが大きかったです。

レイトショーで観たこともあり、帰りの電車ではズーーーンと落ち込んでしまい、翌日会社の同僚に「今日、元気ないね」と言われてしまいました。

またグロいの苦手、という方。ジョーカー誕生の映画なので、殺人シーンはもちろん出てきます。ただ、直接的なグロいシーンが長く続くわけではありません。(血を1mmも観たくないという方は、もちろんやめたほうが)

R-15になった理由はグロさではなく、映画内容のそのものに理由があるかと思います。思春期といった多感な時期にこの映画を観ると、変な方向に行ってしまいそうなので、精神的に大人になってから、俯瞰で「作品」として観るための「大人の映画」ですね。

映画を見る価値はありますが、「面白い」「スッキリした」という言葉でこの映画を語って良いのか憚られるほど、苦い気持ちにさせられる映画です。
これ、アメコミ映画ではもうないよね??