知識0の私が、新日本プロレスにハマった理由

知識0の私が、新日本プロレスにハマった理由

脳内に、プロレスの「プ」の文字もなかった時代

つい2年ほど前まで、私はプロレスとは無縁の人生を歩んでいた。
何をしたら勝ちなのかルールも知らなかった。
周りにプロレスファンが一人もいなかったことも大きい要因だろう。

私の中でかつて、「プロレスの定義」はこうだった。

  • プロレス=大仁田厚
  • プロレス=血だらけ
  • プロレス=男だらけ
  • プロレス=やらせ
  • 結局プロレス=大仁田厚

叫ぶ姿

 

固定概念が強すぎて、相当に誤解をしていた。
今ならこれらの考えは
ほとんど合っていなかったと、わかる。

情報がアップデートされていなかったというのが正しいかもしれない。

 

それもそのはず……
プロレスの試合映像を最後にみたのが
1990年代後半だったから。(絶対に大仁田厚)

K-1やPRIDEが流行っていた2000年代初頭は
それとなく格闘技系の試合映像を目にする機会が多かったとは思うが
2000年に入ってからは、一切プロレスの試合映像を見る機会がなかったと記憶している。

時は流れ
ちまたに「プ女子」という言葉が流行りだした
2014年頃になっても……
テレビで活躍する「棚橋弘至」や「スイーツ真壁」の存在を知っても
彼らがどのような姿で試合で戦っているかは、つい2年前まで知らなかったのだ。

プチ引きこもり時代に青天の霹靂……中邑真輔vs飯伏幸太

私には1年半ほど、無職時代があった。ちょうど2015年〜2016年あたり。
結婚して「専業主婦」になったと言えば聞こえが良いが
転職したばかりの会社を数ヶ月で辞めてしまい
毎日目的もなく、浪費をするわけにも行かず
鬱屈とした気持ちで過ごしている、“プチ引きこもり状態”だった。

引きこもる姿

そんな日々のほとんどの時間を私はスマホを見て過ごしていた。
おそらく1日10時間ぐらいは平気で
スマホの映像やサイトを見ていたはずだ。

そんな中、私はAbemaの「格闘チャンネル」で
“運命の試合”を見かけてしまう。ーーその試合は

2015.1.4(イッテンヨン)東京ドーム

中邑真輔vs飯伏幸太

2015年のベストバウト(最高の試合)にも選ばれている素晴らしい試合なので
今となっては、運命の出逢いとなったことも
必然だったと思える。

 

 

今でもこの試合が、私の中でベストバウトな理由

私がプロレスにハマったきっかけを作ってくれた試合ということもあるが
この試合のインパクトを超えるものは、正直なかなかない。

再放送を含めると4.5回は、この試合を見ている。
結果も知っているのだが、毎回興奮してしまうのだ。

プロレス知識0だった私を、これほどまで魅了した理由はなんなのかーー。

中邑真輔の入場がなんだかすごい。

今では、アメリカのWWEでスーパースターとなった中邑真輔。
プロレスラーは普通ベビーフェイス、ヒールといった
カテゴリに分けられるのだが
彼の場合は、「中邑真輔」というカテゴリ名がふさわしいほど
オリジナリティーに溢れている。

この試合は、特に入場がインパクト大。
金の王冠を被り、真っ赤な“やたらと長いマント”を纏い
花道をまるで、ウェディングロードのように
マントを引きづりながら、歩いて入場していた姿が印象的だ。

そのあまりに“衝撃的な姿”に、飯伏幸太が少しニヤついた姿も
カメラに収められている。

飯伏幸太の人間離れした飛び技。

イケメンレスラーとも呼ばれる、飯伏幸太。
彼のプロレスには、他の選手とは一線を画する魅力や凄さがある。

なぜ、そこから飛べる?

なぜ、そこから回転できる?

なぜ、途中で我を忘れてキレる?

 

飯伏幸太のプロレスには、とにかく毎回びっくりさせられる。

二人の試合展開がとにかくすごい。理屈じゃない、エンターテイメント。

中邑真輔vs飯伏幸太。
「天才と変態の紙一重」の二人が交わると、
試合はとにかく、神懸かり的なものになる。

中邑真輔の画面に映える、赤いコスチュームや長い脚。
飯伏幸太の画面に映える、白いコスチュームと華麗な技。

スマホをザッピングしていた中で、
二人の紅白合戦は、指の動きを止めさせるほどの絵力だった、ということ。

プロレスのルールすら、わからなかった私が見ても
彼らがプロレスラーとして“プロ”であり、
物凄い次元で戦っており
その二人が生み出す物凄い熱量が東京ドームを埋め尽くしていること
小さいスマホ画面からも十二分に伝わってきたのです。

そうして、プロレスの虜となった私は
新日本プロレスファンとしての生活を過ごすことになっていきます。
ーー続く。